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2017年12月24日

9460: 明日晴れるか?:映画を見ました

石原裕次郎主演のこの映画が日活で撮影される1960年より少し前頃、東京オリンピックの数年前の爆発する東京が舞台です。私は実際にはこの時代の東京は殆ど知らず、松本で小学生だった頃のお話です。この映画に出て来たような辺りで、しかも2年後に2度目のオリンピックを控えた東京で、今の私が仕事をしていることに感動を覚えました。

映画に出てくるのは、先ずは日本橋ビジネス街の(さくら)小西六フィルム会社。この会社は後に合併でコニカミノルタとなり、フィルム業界からはすでに撤退し複写機メーカーになりました。

深川の不動尊:これは同じ門仲なのですが成田山新勝寺東京別院で有る成田不動尊ではなくて、先日、元宮司の弟が姉を殺した富岡八幡宮での撮影でした。永代通りの道路には今は地下鉄東西線に変わってしまいましたが、当時は路面電車が走っていました。

tukudawatasiT佃島の渡船場:こんなものがこのころまでは、まだ有ったのですね。勝鬨橋はもっと前から有ったはずですが、ここには今は数十階建てのマンション(図の右側)が林立しています。出てくる旧赤線地帯はきっと東陽町の洲崎パラダイスです。売春禁止法の完全施行は1958年(昭和33年)4月1日からでしたから新聞掲載中にはそんな景色もまだ見られたのでしょう。

主人公の伯父が役員を務める青果市場も、今は太田市場に移っって廃止になった旧神田市場でしょう。出てくる3輪トラックは運転席が右で丸ハンドルです。その前の時代によく使われていて、中央に自転車の様なハンドルのついていたオート3輪トラックではありません。

私の叔父が関係していた鶏卵市場会社の東洋鶏卵は当時の仲御徒町に有って、此の青果市場の続きでした。私の父が松本の郊外から安曇野で集荷して、東京に出荷していた鶏卵もきっと、このような所で裁かれていたことでしょう。事務所の窓からは国鉄の高架線が見えていましたから、今の秋葉原駅の北西口広場、つくばイクスプレスの始点辺りになったところなのでしょう。

映画の中の市場の野菜も、すべてが段ボールの企画品の箱になった今のようなものではなく、縄で束ねられたような包装でした。鶏卵が段ボール箱で枠の無い敷き紙に変わったのもこのころだったと思います。

--映画紹介の引用---

秋葉原のヤッチャバ(東京青果市場)につとめる三杉耕平(石原裕次郎)は、本職はカメラマンである。その耕平は、ある日、桜フィルムの宣伝部長から“東京探検”というテーマで仕事を依頼される。耕平の面倒をみる担当は、宣伝部員の矢巻みはる(芦川いづみ)。みはるは大変な才女で耕平にとっては大の苦手だった。その上バーの女給セツ子(中原早苗)も耕平を追いかけ廻しているので苦手が二人に増えたわけだ。さて、いよいよ耕平の本格的な仕事が始まった。深川の不動尊、佃島の渡船場、旧赤線地帯、野犬抑留場–みはるは一日中耕平の傍につきながら、彼の無心の仕事振りに惹かれていくのを感じた。ふとしたことから耕平はセツ子の父親と知り合う。彼は今は堅気の生活をしているが昔ヤクザで、六年前に彼が怪我をさせた“人斬り根津”という男に襲われるが、あわやという時に耕平が飛び込んで助ける。–ここ桜フィルムのギャラリーは満員だった。耕平の次々と発表する“東京探検”作品展は大人気を呼んでいた。大当りに気を良くした部長は、この次の企画は“アフリカ探検”だと意気揚々であった。

【キャスト】
石原裕次郎/芦川いづみ/中原早苗/渡辺美佐子

【スタッフ】
監督:中平康、原作:菊村到(東京新聞連載・光文社版)、脚本:池田一朗、中平康、撮影:岩佐一泉
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2abe779d-ccae-42f9-8813-caf410cb269a芦川 いづみ(1935年10月6日 – )は日本の元女優。松竹歌劇団をへて日活の黄金期を代表する女優として知られる。

無題中原早苗:1935年(昭和10年)7月31日 – 2012年(平成24年)5月15日)東京都新宿区出身の女優。夫は映画監督の深作欣二、同じく映画監督の深作健太は長男。

psychopsycho1960-img600x423-1408785160fdxq865050渡辺美佐子:1932年10月23日 – は、日本の女優。東京都港区麻布出身。俳優座養成所第3期生、卒業後は劇団新人会に入団。


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