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2017年11月19日

9363:「オトトキ」イエローモンキー再結成の記録映画を見てきました。

 
THE YELLOW MONKEY 

吉井和哉(Vocal & Guitar)

菊地英昭(Guitar)

廣瀬洋一(Bass)

菊地英二(Drums)

1989年12月から活動。1992年5月メジャーデビュー。活動初期からライブの動員を伸ばし続ける。
1998年から1999年にかけては計113本のツアーを1年がかりで行い
延べ55万人を動員するなど勢力的に活動を行うも、
2001年1月8日東京ドームでの公演終了後活動を休止。
その後も休止状態のまま、2004年に解散発表。
2016年1月8日にTHE YELLOW MONKEY SUPER JAPAN TOUR 2016を発表。全42公演、36万人動員のツアーで見事な復活を遂げる。

眼科医清澤のコメント:我が家に子供が生まれ、高円寺に移り住み、そして南砂町で私が開業したころ、巷は「追いかけても、追いかけても、逃げてゆく月のように、指と指の間をすり抜ける、バラ色の日々よ 、」という彼らの歌ばかりが流れていた。私が、広瀬さんを初めて見かけたのはそんなころであった。そうするうちに彼らは、東京ドームでの最終公演を迎えた。

 家内は広瀬さんのファンで、今回のツアーの最初の公演も苦労して入場券を入手し、今回のこの映画も先に見に行ってきた。そして、私にも勧めてくれたので、今日は私が朝から見てきたという次第。
イエローモンキーの歌はボーカルの吉井さんが作った歌が多く、彼無しにイエモンの歌は成立しない。旅芸人であった父上は彼が5歳の時に転落事故で亡くなったそうである。デビュー前にはここからも近い阿佐ヶ谷のハンバーグ屋で早朝に曲を書いていたそうである。菊池兄弟はこのコンサート中に父を病で失っていた。その父との最後の別れの話が印象的であった。病の床でも強い眼の力で、兄を送り出したそうだ。
ヒーセさんは、彼らからすれば兄の様な存在らしい。父を失った菊池兄弟をステージに上がる前にハグしたというエピソードには泣けた。広瀬氏にデビュー前に上野のアメ横の店で売れない銀の装身具を雨の日も風の日も売り、暇になると銀のネックレスを磨いていたという思い出話があった。大学生になった息子さんの学校ではその父が有名人であったというのは容易に想像できる。息子さんは大学一年生と紹介していたが、美少女に扮した何かのCMは記憶に新しい。以前このブログにも採録したはず。
最後の場面で吉井さんの声が出なくなって舞台が中断する場面では本当に心配したが、その後は大丈夫になったのだろうか?新しいアルバムも出すそうだけれど、彼らなりに解散前を超える作品を息長く世に提示していってほしいと心から思った。


Categorised in: ご近所の話題

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