お問い合わせ

03-5677-3930初診受付

ブログ

2017年10月18日

9282:「中山道六十九次」須原宿の場面は鹿島神社だったそうです。

2010年12月21日:古い記事で恐縮ですが。コメントいただきました。

1912 木曽路須原宿に帰ろう ルーツ探しの小旅行その1

広重須原(7時に診療を終え、8時のあずさに飛び乗って松本に帰る列車の中でこの記事を書いています。)

明日訪ねることになっている須原宿は「中山道六十九次」の中で39番目の宿場で、木曽谷の中では一番古くに栄えた歴史ある宿場町です。広重も有名な浮世絵を残しています。急な雨にあって雨宿りの為に駆け込む旅人、この場所は定勝寺の山門前辺りの絵だといわれています。

ここ須原が私の生まれた村で、西尾というのが母の生まれた家の苗字です。今回子供を連れ、母に連れられて15年ぶりにここを訪ねる小さな旅を計画しました。

定勝寺は須原宿を象徴する建物です。臨済宗妙心寺派の寺で左右に3段に別れた床の間は定勝寺式と呼ばれる有名なものです。この件は後に詳しく述べますが、ここは、その昔戦国大名木曽氏の館があった場所であると言い伝えられています。私の母方の祖父母の墓はここに有ります。
(元の記事はこちらです https://www.kiyosawa.or.jp/archives/51655980.html)

※絵の場所の誤りを指摘して下さった方がいらっしゃいました。

この記事へのコメント

1. Posted by 須原生まれ   2017年10月17日 21:30
5 検索してたどり着きました。
古い記事に失礼いたします。

>> 定勝寺の山門前辺りの絵だといわれています。

定勝寺ではなく、須原の鹿島神社です。今度、西尾のおばさんに確認してみてくださいw。

御礼(清澤):ご教示ありがとうございます。確かにJR須原駅の上の山のほうで神社前に巨木の有る鹿島神社だと絵と符合しますね。然し神社は今の街並みがある道から見るとずいぶん上の山沿いのほうに思われますが?そこが街道であった時期があったのでしょうか?最も須原宿の位置は水害で流される前にはもっと川沿いにあったとも聞いていますけれど。兎に角、見つけてお読みくださり、ありがとうございます。


Categorised in: ご近所の話題