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2017年7月14日

9016:それはあなたのもの 1943-ウクライナ:見逃した劇の台本を読みました

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作 ロアルド・ホフマン 訳 川島慶子

 

○もう一つのアンネの日記

感動の物語は、1943年ウクライナの屋根裏部屋から始まる。

少年期の辛い体験を経てアメリカに移住し、ノーベル化学賞学者にまでなったロアルド・ホフマン教授の自伝的戯曲

 

○ズウォーチェフから東京へーー許しの道 ロアルド・ホフマン

なぜ今、ロアルド・ホフマンが自分の生い立ちを戯曲に仕立ててそれを日本人に見せようとするのか?という紹介です。


○「ナチスのユダヤ人政策」作品の歴史的背景で矢野久氏は「絶滅収容所」が建設され、「ユダヤ人虐殺」の主要な舞台となった(ポーランド)総督府を解説している。その総督府の人口は1200万人。1940年住民の80%がポーランド人、約15%(180万人)がユダヤ人、それ以外はウクライナ人、民族ドイツ人、他の民族であったという。そのユダヤ人の40%が商業、38%が工業・手工業・交通であったという。ユダヤ人の80%は都市に住んでいたという。本戯曲の舞台であるズウォーチェフを含む東ガリシアはドイツが対ソ戦で占領すると「ガリシア管区」として総督府に編入された。東ガリシアには50万人以上のユダヤ人が居住し、ウクライナ人は325万、ポーランド人は約96万人であったという。

ユダヤ人の財産剥奪と強制労働が当初のユダヤ人政策の核をなしていたが、19416月に独ソ戦が始まると、ナチス・ドイツは東ガリシアではまずはユダヤ人知識人男性を殺害、その後、高齢者・女性・子供も殺害の対象にした。ドイツはウクライナ人を民兵あるいは補助警察として動員し、ユダヤ人殺害行動を展開した。普通に生きていたユダヤ人にとって、自分たちに直接手を下す残虐な存在はむしろウクライナ人であるということがありえたという。

ですから此の戯曲の中で、主人公エミールの母フリーダは自分たちが戦争中にはウクライナ人の家族にかくまわれたにもかかわらず、ウクライナ人を強く批判するのです。


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