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2017年3月23日

8700:怪物商人(江上剛)を読みました。

9784569766607
大蔵喜八郎の江上剛による伝記です。私はここ数日、この喜八郎の生きた幕末から明治への時代に耽溺していました。

 今でいえばホテルオークラや大成建設の元を築いた人。ホテルオークラに隣接する大倉集古館には彼の集めた骨董品が収蔵されています。

 事の始まりは幕末時代で、喜八郎は各藩に対して横浜で仕入れる武器としての鉄砲を納めます。上野の山に立てこもる彰義隊に捕まったり、五稜郭の戦いのため、新政府側の津軽藩の懇請に応えて命がけで銃を運びます。明治初期には遣欧使節団と同時期に私費でヨーロッパに渡り、大久保利通や伊藤博文との知己を得ます。この当時からの友人が安田銀行の安田善次郎であり第一銀行の渋沢栄一です。そして岩崎弥太郎の三菱など組織力り薩長土肥をバックにした政商とは一線を画しています。
 
 その後も、台湾出兵と日清戦争と戦争に関わる工事を多く引き受け、やがて多くの富を蓄えますが、死の商人といった悪い噂も立てられます。この間、いくつかの賭けに勝ち続ける幸運にも恵まれていたようです。

 本業のほか、東京経済大学や歌舞伎座の設立にも尽力します。そして自分の名を隠して中国の革命家である孫文を支援したりもしています。

 その孫文との会見での言葉が「私は世の中を変えたいと思って実業家になった。金ができたから守りに入りたいとは思わない。守れば、自分を滅ぼすだけです。いまどきの人は、どうも自分で事業を興すより、人に使われることを好むようになってきたようだ。それではいけない。変化し続けること、世の中を変え続けること、それが人として生まれてきた愉快であり、私の夢で、楽しみでもあるのです。財産を後の世に残したいなどとは思っていない。こういう男が、その時代に居たという記憶くらいは人々の間に残っていてほしいとは思いますがね。やっと70歳になりましたが、その思いは変わらないですよ。」というものだったそうです。

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