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2016年5月29日

7794:虎ノ門に残る石垣のお話です。

7794:虎ノ門に残る石垣のお話です。
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講演会の帰りに、銀座線虎ノ門の駅まで歩きました。このあたりは東大工学部発祥の地であることを示す記念碑が有ったり、かつて国立教育会館が有ったことを示す碑が有ったりします。スマートなエスカレータではなくそのわきにあるやや武骨な地下鉄入り口の鉄製の階段を下りてみたら、江戸城外堀の石垣が残されていて、展示物までありました。

文部省のHPによれば、「文部科学省構内に残る石垣は、江戸城を取り巻く外堀の一部で、寛永13年(1636)に江戸幕府が全国の大名を動員して築いたものです。今回、中央合同庁舎7号館の建設にともなう発掘調査成果をもとに石垣を保存し、文部科学省構内ラウンジ前と地下鉄銀座線虎ノ門駅の新庁舎連絡通路内に発掘された石垣の全貌が見える展示コーナーを設けました。」という事です。

 併せて、工事の様を見ると、この石は伊豆半島の西側から切り出され、石船で伊豆半島と三浦半島を回る極海岸に近いルートで石川島に荷揚げされ、この霞が関まで運ばれたようです。

江戸城の外堀は、内堀に連なる一ツ橋あたりから始まります。日本橋の西にある常盤橋から東京駅の八重洲口前の外堀通りを南下し、数寄屋橋を経たあたりから西(現在の西銀座通り)に回っていました。その先が少しややこしくて、幸橋(現新橋駅前あたり)から西に進み、ここ虎ノ門に至ります。
無題
虎ノ門辺りは高台を回り込む形で更に南西に連なり、溜池と呼ばれるもともとの湿地帯に繋ぎます。ここを経て赤坂の弁慶堀、さらには四谷に繋げていたようです。その先は神田川で有り、神田川は隅田川に注ぐので、全容はカタツムリ型で有って円を描いてはいません。

ここ虎ノ門の石垣は堀の底よりも下から築かれていてその高さは約10メートル。石垣の表面は上に行くほど急な勾配を持って居ます。長い石垣を大名の石高に合わせて区切り、各大名に工事をさせたという事でした。

 今日は、想わぬ歴史の断片を眺めることが出来ました。

参考記事:江戸城外堀 http://s.webry.info/sp/takeb777.at.webry.info/200810/article_3.html

Categorised in: ご近所の話題