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2016年3月24日

7588:飯田市のお練りまつりが始まる

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pg-h22-044飯田市のお練りまつりが始まる冬季オリンピックでも披露された飯田市東野の獅子舞。重さ30kgの獅子頭、胴体(幌)長さ25mで獅子頭の舞い人は数十秒毎に交代するという。7年に一度、宇天王に引き起されて里に下り、4日間の祭りの間街を練り歩くそうだ。飯田出身者はこの日に合わせて飯田に戻ることが多いらしい。家内も一年も前から市内に宿を取り、明日は早々に高速バスで飯田市入りの予定だと。調べて見たが、「宇天王」にはこの獅子を引くという以上の解説は見当たらない。

外縣・大宮諏訪神社と式年祭
諏訪神社の祭神は、建御名方命(たてみなかたのみこと)と妃の八坂刀売命(やさかとのみこと)の二柱で、建御名方命は大国主命のお子様で、出雲から信濃ヘ渡られ諏訪を神居と定め、国土を開拓された神様。

桓武天皇の頃、坂上田村麿が陸奥の蝦夷征伐の途上、諏訪明神へ祈願をこめて奥州路へ下ったところ、神助を得て蝦夷を平定出来たのに感謝し、桓武天皇に奉上して諏訪神社の社領を増加し、信濃一国に社殿の修造を賦課し、七年目毎に改造させる制を定めた。これが諏訪を初め当地方で行なわれている「御柱祭」の初めと言われている。それに起源して寅(とら)と申(さる)の式年毎に諏訪では式年御柱祭が、飯田では御興渡御(みこしとぎよ)の式年大祭が行なわれている。大宮神社の御興渡御は、大神が信濃の国の統治と発展を心に掛けられ、しばしば巡見せられた遺徳を迎いで、飯田の治平と繁栄の現況を神覧に供する意味か らと言われている。

お練りまつり
この大宮諏訪神社の式年祭礼に合わせて行なわれているのが「お練りまつリ」で、大勢の人が街に出てねり歩くことから、こう云う様になったらしい。途中五十余年の休止の時期もあったが、正徳五年のひつじ満水の折、住民が大宮神社の神明様に加護を祈願したところ、幸に飯田の町は泥の海となる難をまぬがれた。領民はその神徳をたたえ、翌正徳六年の申年に中断していた祭りを再興し盛大に奉納するようになったと言われる。その出し物も年代により趣好がこらされた。度々の火災で道具の大部分を消失してしまったが、大名行列や東野の大獅子舞などが伝統を受け継いでいる。

東野大獅子
重量30キロの大獅子頭による幌獅子舞。三百年余の歴史を有する。
我が国の能の原典と言われる宇天王の優美華麗な舞、雄壮豪快な頭、妙技な笛大鼓の調べが三位一体となって織りなす一大絵巻は郷土芸能の圧巻と言える。

「道中起し」「大門口の舞」「古所望まだかの舞」があり、大獅子を起こして寝かせるまでを舞う獅子舞は全国に例がなく、専門家からは日本一の折紙を付けられている。

注:宇天王

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