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2014年6月1日

5495 清澄庭園に行ってきました。

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清澄庭園 Kiyosumi Teien 東京都江東区清澄3-3-9に行ってきました。回遊式庭園で 面積が81,091.27m2あります。

午前中の緑内障シンポジウムの後、荒木の「左眼ノ恋」という写真展を見たいと思ってこちらに回ったのですが、そのギャラリーは倉庫の5階にあったのですが、今日は日曜日なのに休業でした。そこで隣のこの庭園に寄ってみたと言う訳です。
(5436 右目失明の荒木経惟、自身の視界を表現した『左眼ノ恋』)
https://www.kiyosawa.or.jp/archives/54141016.html)
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清澄庭園(きよすみていえん)は、東京都江東区清澄にある都立庭園。池の周囲に築山や名石を配置した回遊式林泉庭園で、東京都指定名勝に指定されています。

この地には元禄期の豪商・紀伊國屋文左衛門の屋敷があったと伝えられる。享保年間には下総関宿藩主・久世氏の下屋敷となり、ある程度の庭園が築かれたと推定されている。

1878年(明治11年)、荒廃していた邸地を三菱財閥創業者の岩崎弥太郎が買い取り、三菱社員の慰安と賓客接待を目的とした庭園の造成に着手。1880年(明治13年)に竣工し、深川親睦園と命名された。三菱社長の座を継いだ岩崎弥之助は庭園の泉水に隅田川の水を引き込むなど大きく手を加え、1891年(明治24年)に回遊式築山林泉庭園としての完成を見た。

その後、1923年(大正12年)に発生した関東大震災で庭園は大きな被害を受けて邸宅も焼失したが、図らずも近隣住民の避難場所となり多くの人命が救われた。それを受けて1924年(大正13年)、三菱3代目社長の岩崎久弥は当時の東京市に庭園の東半分を公園用地として寄贈。市は整備を進め、1932年(昭和7年)7月24日に清澄庭園として開園した。

1973年(昭和48年)に東京都は残る西半分の敷地を購入。翌年から整備を開始し、1977年(昭和52年)に開放公園(清澄公園)として追加開園した。

中島を持つ広い池が中心にあり、ツツジとサツキの植えられた「つつじ山」や池の端を歩けるように石を配置した「磯渡り」などがある。また、園内には岩崎家が全国から集めたという名石が無数に置かれている。
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午前中の緑内障シンポジウムの後、荒木の「左目の恋」という写真展を見たいと思ってこちらに回ったのですが、そのギャラリーは倉庫の5階にあったのですが、今日は日曜日なのに休業でした。

そこで有名な名園なのですが、訪れたことのなかったこちらの庭園に回ってみました。庭の大半を池が占めており、園内で人々が憩う姿が見られました。入場料は150円。

上記の記事の通り、西半分は公開の公園ですが、特に見るべきものは何もありません。

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