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2018年10月17日

10202:Daviel匙を知ってますか?

「ジャック・ダヴィエル 近代白内障手術の先駆者」 濱田嶺次郎 著 を臨床眼科学の会場で買ってきました。

私が眼科に入って(昭和53年)しばらくは、キモトリプシンとクライオプローブを使った嚢内摘出が行われていました。カプセル鑷子での嚢内摘出も一例だけですが教授に指導されたことが有ります。

それからしばらくして、眼内レンズを挿入するのがスタンダードになり、後嚢を残す必要が出て来たので、時代は嚢外摘出に代わってゆきました。(超音波乳化吸引術がスタンダードになるまでの3年間くらいです。)上のスライドは11ミリくらいの強角膜切開創から核を娩出しているところの図。私が習った所では、上図の様に輪匙(リンピ)をレンズの下に差し込み、上の白矢印の方向に角膜上から核を押すのに使う匙がダヴィエル匙でした。(図のような両端型もあり)核の一部が前房から眼外に出たら、そのダビエル匙で手前のリンブスに沿って核を右に払って回転させ、そっと娩出を終えます。助手は、角膜フラップに掛けた8-0シルク糸をそっと持ち上げてその核の娩出を助けます。核が出たら、その糸を遅れずに緩めて、角膜が前房を塞ぐのを助けます。助手の操作が遅れれば、硝子体脱出と後嚢破損という典型的な事故となります。

ダヴィエルはノルマンジーのプチブルジョアの家庭に生まれました。しかし、彼の父が訴訟で負けたことで同じ弁護士への道をあきらめ、当時は床屋医者とさげすまれていた外科の研修をパリのオテル・ディユー病院で受けました。今でもノートルダム寺院の前に有り、パリでは眼科で有名な病院です。5年ほどを忙しく過ごしたそうです。ダヴィエルが眼科、殊に白内障手術に特化していったのは、その後のマルセイユ時代だったそうです。当時はペストの流行で町の人口が減るという時代。消毒技術も不完全だったと思われます。

其れまでの白内障手術はcouching墜下法といって、硝子体の中に水晶体を破嚢させぬように突き落とす治療がエジプト時代から3000年間も行われていたのです。彼の死後150年以上の紆余曲折を経て、白内障手術では核を取り除いて人工水晶体を入れる彼の提唱した術式が更に洗練されて定着しています。

この本の著者の浜田先生はパリのオテル・ディユーへの留学経験のある方で、此の書籍のもとになった本は(パリ大学医学部)眼科ピューリカン教授の書かれたものだそうです。

この本の緒言で著者は「ジャック・ダヴィエルの名を知っている読者は居るだろうか?フランス人でさえその名を知っている者は僅かである。ましてや、日本人でその名を思い出せる人は人生後半を歩んでいる僅かな数の眼科医ぐらいだろう。」と述べています。「そんな眼科医がここにもいますよ」と、手を挙げて読書感想を記してみました。

Categorised in: 白内障