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2021年4月29日

12824:目を引くものより、隠れたもの:薬剤性眼瞼痙攣に関する若倉雅登著のコラム紹介

清澤のコメント:今回も薬剤性眼瞼痙攣についてのお話です。不眠、不安などでベンゾジアゼピン系薬物を20年以上にわたって複数の種類を連用していた70歳代の男性から、5〜6年前から目の痛みと頭痛、高度の羞明が慢性化し、身体の硬直も生じるようになったとの相談を受け、これがベンゾジアゼピン系の薬剤による薬剤性眼瞼痙攣であったという若倉先生の症例です。このお話はここで終わっています。担当医は、まずはベンゾ薬の減量を進めながら、ドライアイ治療(点眼及びプラグ処置)や抑肝散加陳皮半夏(漢方)、そしてボトックス(注射)や内服薬(アーテンやリボトリール)などを順次加えて治療法を模索してゆきます。然し治療を軌道に乗せるのは容易ではありません。眼科職員の方々は、眼科ケアに携わる人々向けの手引き雑誌で、このコラムの載っている「眼科ケア」誌を院長先生におねだりしてみてください。(薬剤性眼瞼痙攣記事は末尾に引用

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私の提言、苦言、放言 井上眼科病院名誉院長 若倉雅登 第一七八回 目を引くものより、隠れたもの 眼科ケアのコラムから。

人はどうしても外見にとらわれる。歩行が不安定な人がいれば目を引くし、しゃべり方が尋常でなければ、周囲はすぐに気付く。今日のコロナ禍の屋外ではあまり目立たないかもしれないが、平時にサングラスにマスク、帽子といったいでたちだと、芸能人か凶悪犯かと、見ないふりをして周りの皆がちらちら視線を向ける。職務質問を受けるかもしれない。そんな人、たとえば、高度のまぶしさのためにサングラスを二重にかけ、深く帽子をかぶっている患者が外来に来ると、その人が受付に来たときから「怪しい」という空気が蔓延して職員も検査員も、医師までも身構えるだろう。そして、普通じゃない、精神がおかしい、詐病かもしれないなどと文字通り色眼鏡でみる。その途端に真実がみえなくなっているのに気が付かない。

私の外来には週に二、三名はそのような人が来るので、近頃はだれも驚く職員はいない。それが別に演技でも、大げさでもなく、そういう格好でないととても病院までたどりつけない人だと知っている。そこには、やがて化学物質過敏症、重度の眼瞼痙撃、頭頸部外傷や脳脊髄膜炎などを契機に生じてきた視覚関連高次脳機能障害、発達障害、薬物副作用などの診断に行きつく人たちが含まれていることを知っているからだ。

つい先ごろも日本の一流企業の海外部長として各国で活躍していたころに、体調を崩して退職し、その後不眠、不安などでベンゾジアゼピン系薬物を二十年以上にわたって複数の種類を連用していた七〇歳代の男性から、五〜六年前から目の痛みと頭痛、高度の羞明が慢性化し、身体の硬直も生じるようになったとの相談が、私どものNPOの目と心の健康相談室にあった。その方はいろいろな文献や、処方されている薬物の添付文書を読み、自分に処方されていた薬物に原因があるのではないかと疑い、名だたる大学の眼科、脳神経内科、精神科など十数カ所を受診した。だが、彼の自説は一笑のもとに否定された。彼は二十一世紀初頭に英国ニューカッスル大学のアシュトン教授がベンゾジアゼピン系薬物の功罪、とくに依存性や副作用について著した有名な『アシュトンマニュアル」を読破して医師に迫ったが、「素人がそんなものを読むな」と怒鳴られたという。ならば自分のこの症状はどうして起こり、どういう病名なのだと聞いても、関心をなくした医師たちからは何の回答も得られなかった。納得はできていないが、精神科医が言った「身体表現性障害(DSM15に対応させると身体症状症)の悪化」というのがいちばん病名らしいものだった。処方された薬はこれまでとほぼ変わらないもので、一向に改善せず、むしろ悪化の一途だったという。相談では、こんな言葉も出てきた。「『患者中心の医療』『患者に寄り添う医療」などとスローガンを掲げている大学や医療機関は多いが、しょせん医師の思い込み中心医療ですね。大学の先生なら科学者だと思いたいが、自分の知識や経験にないものにはまったく関心を示さず拒絶するだけの姿勢は、とても科学者とはいえない」。これには、私もつい「そうだそうだ」と頷いてしまった。唯一彼の話を真剣に聞き、文献も調べ、「薬の副作用

の観点からも考えて行きましょう」と言ってくれたのは地方大学のある神経内科医だった。しかし、とても通院できる距離ではなく通院は諦めたという。学部や卒後に学んだ医学はほんの一部に過ぎない、自分の目で見て、受け止め、調べ、自身の頭で考察したものこそ本物だという当たり前のことを、多くの臨床医は忘れてしまっているのではないだろうか。機械的に診断し、処方箋を書くだけなら、いうまでもなく医師よりA1医療の方が確実に勝っているだろう。だが、人間同士のコミュニケーションには数値化できない言語表現があり、そこでは声や顔の表情、身体言語(ボディーランゲージ)など大きな付加的要素も活躍する(リモートだとこれが不十分だが⋯⋯)。

本誌の主な読者たる医師とともに働くコメディカルスタッフは、患者の外見や職位などにかかわらず、A1には認識できない、人間同士だからこそわかる患者の感じ方、考え方に寄り添い、自分自身で感じ取り、考える習慣を持ってもらいたい。

わかくら・まさと

専門は神経眼科・心療眼科。北里大学助教授などを経て02年井上眼科病院院長。06年より16年まで日本神経眼科学会理事長。12年より現職。NPO法人目と心の健康相談室副理事長。近著に「心療眼科医が教える その目の不調は脳が原因」(集英社)、「絶望からはじまる患者力」「医者で苦労する人、しない人」(春秋社)、また小説に「茅花流しの診療所」『蓮花谷話譚」(青志社)がある。現在、読売新聞ヨミドクターにコラムを連載中。

Categorised in: 眼瞼痙攣